学びつづけること
昔から気になってきた言葉がある。
江戸後期の儒学者・佐藤一斎が残した「三学戒」だ。
少(わか)くして学べば、壮(そう)にして為すことあり。
若い時に学んでおけば、壮年になってから役に立ち、何事かを成し遂げることができる。
壮(そう)にして学べば、老いて衰えず。
壮年の時に学んでおけば、老年になっても気力や知識が衰えない。
老(お)いて学べば、死して朽ちず。
老年になって学べば、見識がさらに深まり、社会に役立ち、その名は死後も残る。
この「老いて学べば、死して朽ちず」という言葉の意味を、私はずっと考えてきた。
佐藤一斎は岐阜県・岩村藩の出身で、西郷隆盛や吉田松陰にも影響を与えたとされる人物だ。
42歳から80歳までの約40年にわたる思索の結晶として、1133条にも及ぶ『言志四録』を残している。
「三学戒」はその一節である。
岩村城の城下町を歩くと、家々の軒先に『言志四録』の言葉が掲げられている。
町おこしと言えばそれまでだが、人の言葉がこうして時代を越えて残り、
誰かの目に触れ続けるというのは、まさに「死して朽ちず」なのかもしれないと思った。
岩村城跡を訪れた帰り道、下田歌子の銅像を見つけた。
当時は理由が分からなかったが、彼女が明治期に女性教育に尽力した人物だと最近知った。
そう考えると、彼女の志の根にも、一斎の思想がどこかでつながっているのかもしれない。
学び続ける姿勢は、直接的ではなくても、誰かの心に残り、何かを伝えていく。
文化が継承されるというのは、そうした静かな連鎖なのだろう。
自分の姿勢がどんな形でつながっていくのかは分からない。
それでも、老いても学び続けることが、誰かの背中をそっと押すことになるのかもしれない。
知らないことばかり。私もまた、いつまでも学び続けたいと思う。
