先日、目の白内障の手術をしました。
術後のしばらくの間、目を使えない静かな暗闇のなかに身を置くことになりました。
術後のしばらくの間、目を使えない静かな暗闇のなかに身を置くことになりました。
視界を閉ざされたその時間、私はただ耳と心だけを開いて、チェリスト・HAUSER(ハウザー)の曲集に没入していました。
老境に入り、暗闇のなかだからこそ、私の心には驚くほど濃密で神聖な音色が聴こえてきました。胸の奥から溢れ出る感動に突き動かされ、人生で初めて俳句というものに挑戦してみました。
心の目が見つめた、三つの景色(三句一連)です。
- 天の川 手をのばしおり セロの旋律(おと)
- 語り出す 秋の女(ひと)似て セロ歌う
- 続かまし 秋の夜のセロ リフレイン
◆ 一句目について
「旋律」と書いて「おと」と読みます。
術後の暗闇のなか、目を閉じているはずの私のなかに神聖な「天の川」が広がっていきました。長い人生を歩んできた今だからこそ感じる、大いなる存在。そこへ届かないと知りながらも、ただ一心に祈るように手を伸ばす人間の姿。セロの旋律が、まるでその「伸ばされた手」そのものであるかのように天へと昇っていく――。初めて紡いだ五七五に、その神聖な一瞬を込めました。
「旋律」と書いて「おと」と読みます。
術後の暗闇のなか、目を閉じているはずの私のなかに神聖な「天の川」が広がっていきました。長い人生を歩んできた今だからこそ感じる、大いなる存在。そこへ届かないと知りながらも、ただ一心に祈るように手を伸ばす人間の姿。セロの旋律が、まるでその「伸ばされた手」そのものであるかのように天へと昇っていく――。初めて紡いだ五七五に、その神聖な一瞬を込めました。
◆ 二句目について
「女」と書いて「ひと」と読みます。
大宇宙から、今度は私の心の内側、歩んできた人生の記憶へと視線が移ります。「そんなこともあったわね、でもね……」セロの深い低音をじっと聴くうちに、知っているわけでもない過去を愛おしむ歌詞が浮かびました。人生の深みを知る女性が優しく語りかけてくるかのように、私の歩みにそっと寄り添い、胸の奥の記憶を情熱的に歌い上げる瞬間です。
「女」と書いて「ひと」と読みます。
大宇宙から、今度は私の心の内側、歩んできた人生の記憶へと視線が移ります。「そんなこともあったわね、でもね……」セロの深い低音をじっと聴くうちに、知っているわけでもない過去を愛おしむ歌詞が浮かびました。人生の深みを知る女性が優しく語りかけてくるかのように、私の歩みにそっと寄り添い、胸の奥の記憶を情熱的に歌い上げる瞬間です。
◆ 三句目について
「続かまし」は「続いてほしい」という切ない願いです。
調べてみて初めて知ったのですが、「リフレイン」とは日本語で音楽の「サビ(繰り返される核心の部分)」のことだそうです。目を使えない静寂のなか、胸に響き続ける最高のサビ。初めて知る言葉を紡ぐ衝動のなかで、この美しい「リフレイン」がどうか終わらずに続いてほしいと思っている自分がいました。秋の夜、去りゆく季節と共にいつまでも心地よく繰り返される贅沢な余韻です。
「続かまし」は「続いてほしい」という切ない願いです。
調べてみて初めて知ったのですが、「リフレイン」とは日本語で音楽の「サビ(繰り返される核心の部分)」のことだそうです。目を使えない静寂のなか、胸に響き続ける最高のサビ。初めて知る言葉を紡ぐ衝動のなかで、この美しい「リフレイン」がどうか終わらずに続いてほしいと思っている自分がいました。秋の夜、去りゆく季節と共にいつまでも心地よく繰り返される贅沢な余韻です。